古の時代、神々の住処として崇められた伝説の地、ワオラニ。その面影を今に伝えるモアナルア渓谷は、オアフ島を制圧したカメハメハが休息のために訪れ、心身を癒した場所。モアナルアの渓流沿いに広がるカマナヌイの谷には、太古の姿を留める原生林とともに、数々の伝説や、当時の様子を物語るペトログリフが残されています。今回は、その美しい渓流を遡り、心癒される森の散策を楽しみましょう。
かつて文字をもたなかったハワイの人々が、何らかのコミュニケーション手段として岩に刻んだと思われるペトログリフ。時には、宗教的な儀式で使われることもあったというペトログリフは、古代の史実を記す書物が残されていないハワイで、オリと呼ばれるチャントと並び、古のエピソードを物語る貴重な歴史遺産となっています。そんなペトログリフが、モアナルアの森の奥深くにある伝説の岩に刻まれていると訊き、清々しい初秋の朝、トレッキングに出掛けることにしました。
ホノルルから西に向かい、H1フリーウェイをまっすぐ進んでH201へ。広大な芝地にモンキーポッドの巨木が並ぶモアナルアガーデンを過ぎて数分走り、まもなく右手に現れる2番出口からフリーウェイを降りて右折。のどかな住宅街とゴルフ場の間を走るアラアオラニ・ストリートを道なりに進むと、その先に小さな公園と鬱蒼とした森が見えてきました。
コオラウ山脈の南側に広がるモアナルア渓谷は、渓流に沿って東西に2つの谷があり、西側の谷が、今回ご紹介するカマナヌイの谷。突き当たりの公園に車を停め、森の小径へ一歩足を踏み入れると、しっとりとした空気が優しく身を包みます。行く手の樹々の間から差し込む木洩れ陽の向こうには、森の精霊たちが待ち受けているかのよう。耳を澄ませば、草むらを渡る心地良い風に乗って、何やら楽し気な囁き声が聞こえてきそうです。
しばらく進むと、左手にバニヤンの大樹と広場のような草原が見えてきました。この辺りはケアニアニと呼ばれる伝説の地。18世紀末、この谷がマウイ島のカラニクプレ王によって封鎖されていた時のこと。カメハメハの母、ケクイアポイワが、息子の統治権を求めてオアフ島を訪れたところ、この地の高僧ケアニアニが、谷の入口に立てられていた封鎖用のカプスティックを抜き捨て、彼女の家系こそ、この島を治める資格を持つと認めたのでした。
繁みに咲く珍しい花や野鳥のさえずりに心を躍らせながら、緑溢れる森の小径をさらに先へと進んで行くと、清らかな水を湛えた小川と苔むした石橋が現われました。険しいコオラウの峰から流れ落ちるモアナルアの渓流も、下流となるこの辺りは流れが緩やか。鏡のように澄み渡った水面はあたかも泉のようです。岩の間を流れる水の音は、心の奥深くまで響き、滞った想いを流してくれるかのよう。
ここから先は、緩やかな坂道。それを縫うように現われる小川と石橋を渡り、次第に荒くなる山道を上って行くと、森はさらに深くなり、古の世界へ誘われていくのを感じます。心を澄まし、ゆっくりと歩みを進めれば、太古からこの谷を見守る存在の息遣いが感じられるでしょう。
7つ目の石橋まで到達すると、右手の川向こうに見える巨岩が、ポハク・カ・ルアヒネ。橋のたもとから草むらを進むと、マンゴーの木の下に横たわるその岩は、象の背中ほどの大きさ。岩肌に鳥人や人の姿が刻まれています。その昔、麓の集落で、物音を立てた者は死罪に処されるという厳しい掟「カプ」が敷かれた時、突然泣き出した幼子を祖母が抱いて逃げ、この岩の影に隠れたところ、追手に見つかることなく、集落に無事戻ることができたのだとか。
そんな伝説に思いを馳せながら、心静かに目を閉じ、岩にご挨拶。そっと岩に手を触れると、優しい温もりが伝わってきました。あるがままを認め受け入れる、慈愛の光がそこに宿っているかのように。
ワイキキからH1フリーウェイWEST経由でH201へ入り、2番出口で降りてすぐに右折。アラアオラニ・ストリートを道なりに進み、突き当たりにあるモアナルアバレー・パークへ。公園の奥にトレイルの入口がある。
トレイルの入口からのんびり歩いて約45分。7つ目の石橋の右手、川向こうに見える巨岩。橋を渡り、川沿いの小径を歩いてアクセスできる。
ホノルル在住18年のヒプノセラピスト&フリーライター。東京女子大学心理学科卒業後、富士通を経てハワイに移住。現地情報誌の編集者、ライター&翻訳家として活動するかたわら、2003年より、ヒ―リングサロン『Moe Hawaii』を主宰。「心のエステ」をテーマに、退行催眠や前世療法などの個人セッションのほか、ヒプノセラピー(催眠療法)をベースにしたワークショップ型のヒーリングツアー「6つの聖地と秘境をめぐる、楽園癒しの旅」を開催している。www.moehawaii.com
(‘Eheu Autumn 2014号掲載)