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2000年に日本のニシキゴイ専門店をアメリカに進出させ、コイの感染症や立ち退きなどのピンチを乗り越えてきた『Kodama Koi Farm』。経営者として「腹を据える」に至るまでの転機を樹神太郎副社長に伺った。

 

私が生まれる少し前に父がニシキゴイ専門店を創業しました。大学卒業後は証券会社に就職しましたが、父から経営悪化や負債を相談され、1年後に家業に入りました。

 バブル崩壊後でしたが、海外への輸出は増えていたので、英語のウェブサイトを作ると、一気に問い合わせが増えたのです。遠くはジャマイカから購入がありました。このときに感じたのが「ニシキゴイ」と「オンライン」の力です。

 2000年にアメリカ進出を決意。ロサンゼルス近郊に土地を借り、弟と渡米して池を作りコイを入れ、コイのネットオークション販売店を設立しました。

感謝を持って人として正しい行動をすれば何とかなる

翌年、販売したコイが死んだという連絡を受けたのです。調べると、コイヘルペスというウイルスに感染していました。すでに60人に売っていていわゆる炎上に。800万円分のコイを失った方もいらっしゃいました。戸惑いながらも一人ずつ電話をして、感染のこと、今元気であっても感染の可能性があることを説明しました。すると、多くの方が理解してくれました。人種は違っても同じ人間。正直に謝れば伝わることを知りました。同業の中には隠蔽したため集団訴訟となり倒産した会社もありました。商売をしていく上で、人として正しい判断をすれば何事も乗り越えていけると思った転機です。

 ハワイに移転したのは2006年。コスト削減策として稚魚から育てるのに適した場所がハワイだったのです。本土での10倍となる10エーカーの土地を借りて池を作りました。規模を大きくした分、営業にも力を入れました。

 ところが、施設の償却が終わっていない2014年、全米一の太陽光発電企業による土地購入に伴って、立ち退きの通達が。賠償金もなく途方に暮れました。父や弟は撤退か事業縮小しかないと言う中、従業員、家族、株主のことを考え、つぶしてはいけないと腹をくくりました。それまでの経験と、そのころ出会った稲盛和夫氏の経営哲学を支えに「自分がやる」という経営者としての覚悟が変わった大きな転機です。ついに10エーカーの土地を近くに見つけました。しかし借金は2億円に。営業で米本土を走り回りましたが、期限内に土地を掘って池を作らなくてはなりません。業者に任せる予算も時間もないので、営業を断念し指揮をとり半年間で池を作りました。

 その後、会社の経営方針について意見が合わず父が社長に復職。数年間、社長として会社の数字を見たことは勉強になったと感謝することで納得できました。実際に会社のキャッシュフローを良くして移転前の売り上げまで回復させていました。

アメリカ大陸に、日本の

ニシキゴイ文化を広める

 2017年にまたコイヘルペスの感染があり、後にコロナ禍となりましたが、それまで学んだことを糧に真剣に向き合うことで対処できました。

 目標は、アメリカ大陸で日本のニシキゴイ文化を広めるハブになることです。1200年前から伝わる、コイを愛で楽しむ文化を多くの人に紹介して、みんなを笑顔にしたい。そして、それを広めた一人として認められたらうれしいですね。



樹神太郎

こだま・たろう◎愛知県生まれ。2年弱のニューヨークの大学留学を経て早稲田大学英語英文学科を卒業。証券会社へ1年間勤務後、家業であるニシキゴイ販売会社三好池に就職。2000年、アメリカへの事業進出のためカリフォルニア州でKodama Koi Farmを設立。ニューヨーク、フロリダ、ニュージャージーに店舗展開。2006年、ハワイのミリラニに拠点を移す。。

※このページは「ライトハウス・ハワイ」 2022年11月号掲載の記事です。

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