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「僕が日系人のオアシスを守る! 

カリヒ根性はそのままに」

まつだ・てつや●広島市出身。関西大学法学部卒。1993年神戸マツダモータース入社。1995年株式会社広島マツダ入社。2005年12月に6代目社長就任。2015年12月に46歳で退任し同社代表取締役会長兼CEOに。16年、広島平和記念公園を一望できる「おりづるタワー」をオープンさせる。事業多角化・グローバル化を進め、約30社に事業拡大。
23年12月に会長退任、ヒロマツホールディングス株式会社代表取締役に。

 2017年、「店を畳もうと思う」という與平寿司にストップを掛けたヒロマツホールディングス代表の松田哲也氏。30代半ばで広島マツダの社長に就任し、「社長職は10年」と期限を決め、その後8年の会長職も全うした。新たなステージに挑む松田氏に、與平寿司との縁、ハワイへの想いを伺った。

ー1991年にカリヒに誕生した與平寿司を、2020年に引き継がれました。そのご縁をお聞かせください。

與平寿司との出会いは2008年でした。広島マツダの創業75周年を記念してハワイに社員旅行を企画したんです。400名ほどの従業員を4回に分けて実施したので、全員を迎えるため僕はハワイに1カ月間、滞在しました。そんな中で、地元の広島の知人から「広島出身の小原一人さんの店がある」と勧められ、家族で店に行ったのが始まりです

ー10年余りのお付き合いがあって、引き継がれることになったのですね?

はい。2017年のあるときに小原大将に「そろそろ引退しようと思う」と打ち明けられたんです。「店が閉まるなんて絶対にダメだ」と心が突き動かされて、「僕が日系人のオアシスを守る!」と言っていました。「広島から寿司職人を連れて来てくれるのなら…」ということで、広島に帰って同級生が経営する寿司屋さんへ相談に行ったところ、その店にいたのが、川野光康さんという寿司職人でした。一軒目で彼に出会えたのも運とご縁。これが一つの転機だったと思います。その後、引き継ぐまでに2年余りかかりました。アメリカでの各種手続き、ビザのことなど、全てが初めてで大変でした。

2年余りかけてついに引き継いだときのお気持ちを教えてください

日本でもM&Aなどをしてきましたが、僕の考えは、オーナーにそのまま残ってもらい、その色を丸ごと引き継ぐということです。ですから、與平寿司は「小原ご夫妻の店」であり、店の伝統と文化、味、サービスを守ることが一番大切なことでした。

ー『Yohei Sushi KAHALA』はどんなお考えで開店されたのですか?

 與平寿司のあるカリヒ地区は鉄道開通予定地なので、新しい場所を探す必要があったんです。そこで候補にあがった物件がカハラの『クオノマーケットプレイス』内でした。来ていただきたいのは地元の方なので駐車場は絶対条件で、ワイキキやカカアコ以外であることも希望でした。そんな条件をクリアしていて、地元の方々が行きやすく、周辺にお寿司屋さんもないので、決断しました。

ー新たなお店はカリヒの與平寿司とは違うコンセプトですよね?

できる限り営業を続けていくことでした。その上で、カハラはカリヒとは全く違うエリアなのでハイエンドな店にしようと。でもこれまで培ってきたカリヒ根性はそのままです。仕入れは一緒、ローカルの人を相手に握ってきた寿司であり、皆さんに育てていただいた與平寿司であることも変わりません。「日本の高級寿司がそのままハワイに」ではなく、広島から来た小原大将がハワイの文化の中で育んできたハワイならではの寿司を、最高のスタイルでお楽しみいただくのがこの店です。

ー広島マツダの他、ホテル経営など事業を多角化されてきた中で、今回はどこに重きを置いていますか?

 飲食店だけは何よりも「絶対においしくなくてはいけない」と思っています。『Yohei Sushi KAHALA』は、與平寿司の魂は変えないこと。そして地元の方においしい! と満足していただける料理であることが第一です。コースの最後に少しだけ握りが出るのではなく、たっぷり寿司を楽しめるコースだったり、ペアリングであっても一杯目はビールをおいしく飲んでいただくご提案だったり、「こうでなくては」でなくて、地元の皆さんと一緒に成長していきたいんです。ハワイには僕の地元である広島県からの移民が多くいます。この地で歴史を切り開いてきた先人たちと、原爆で廃墟となった広島の復興が重なるんです。だからこそ、ハワイへの敬意を込めて、僕たちができるおもてなしをしたい。そしてローカルの皆さんがカリヒの與平寿司を育ててくれたように、ここカハラでの新たな歴史を作って、次世代につないでいきたいと思っています。

最後に、松田代表ご自身は昨年末に会長職を退任された今、どのような未来像を描いているのでしょうか?

 社長時代は10年と期限を決めていたので、やりたいことをやり遂げるためにとにかく即行動に移していました。その後、会長になってカーディーラー以外の事業にも目を向けたことで、さらに慌ただしくなったんです。常に時代の先頭を走るという経営スタイルでしたが、時代は常に進化しています。今は、次の世代に期待をしつつ、自分は今度こそゆとりを持ちたいと思っているところです。ここハワイで少し落ち着いて、地元の方たちと人間的な関わり合いを持つ時間を大事にしたいと思っています。このカハラの店が地元に根付いていくように、僕自身も根を下ろしていけたら…。その先に、ハワイでもっと新しいチャレンジをしたい。そんなことを考えています。やはりハワイは僕にとって特別な場所なんです。

 インタビュー:ライトハウスハワイ編集長 大澤陽子

このページは「ライトハウス・ハワイ」 2024年3月号掲載の記事を基に作成しています。

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