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ハワイの歴史~道から辿るヒストリー

オアフ島には、ハワイの人たちの名を冠した道がいくつも存在します。こうしたハワイの道の名から、ハワイの歴史を紐解いてみる「ハワイの道から辿るヒストリー」。ハワイ観光の前の予習として、ぜひ読んでいただきたいコンテンツです。

  • 2019.5.24

カメハメハ4世のお后・エマ王妃

ハワイの道から辿るヒストリー:クイーン・エマ・ストリート (Text: Masakazu Asanuma / Illust: Shin Takahashi) ハワイ王国と英国との絆を深めた女性 ハワイでは、今でも英国の香りを醸し出す場所に出会えます。その筆頭がセント・アンドリュース・カテドラル教会。王国時代から多くの外国船が出入りしたホノルル港。そこからマウカ(山側)に向かってアラケア通りを上がっていくと、ベレタニア通りと交差しますが、その角の東側に石造りの教会の塔が見えます。クイーン・エマ通りは、アラケア通りとベレタニア通りの交差点から山側に向かう通り。H-1フリーウエイの先のイオラニ通りに […]

  • 2019.5.24

ハワイ王国6代目の王・ルナリロ

ハワイの道から辿るヒストリー:ルナリロ・フリーウェイ (Text: Masakazu Asanuma / Illust: Shin Takahashi) 「人民の王」と国民から尊ばれた若き王・ルナリロ H1フリーウェイは、ハワイ州で一番人口が多いオアフ島南部を東西に貫く高速道路ですが、ホノルル空港近くのミドル通りから東へ、ビショップ博物館、ホノルルのダウンタウン、ハワイ大学マノア校の近くを通り、カハラまでは、ハワイ王国6代目の王の名を冠してルナリロ・フリーウェイと名付けられています。   1873年1月のことでした。カメハメハ5世が後継者を指名せずに亡くなったため、ハワイ王国憲法の定めにより国 […]

  • 2019.5.24

カメハメハ家系の末裔・ビショップ夫人

ハワイの道から辿るヒストリー:ビショップ・ストリート (Text: Masakazu Asanuma / Illust: Shin Takahashi) 同胞の子女教育に心を砕いた王女 ハワイ州の政治と経済の中心、ビジネスパーソンがせわしげに行き交うホノルルのダウンタウン。そのビル群の中を港に向かってビショップ通りという名の広い道が貫いています。一方、休暇を楽しむ人々で賑わっているのはワイキキ。そのロイヤルハワイアンセンターの中ほど、ハワイの原風景を思い起こすような緑に囲まれた中に、ある女性の像が置かれています。子どもに本を読み聞かせているのは、カメハメハ大王の曾孫にあたるバニース・パウアヒ。 […]

  • 2019.5.24

ハワイ王国最後の王位継承者・カイウラニ

ハワイの道から辿るヒストリー:カイウラニ・アベニュー (Text: Masakazu Asanuma / Illust: Shin Takahashi) 英国留学中に母国を失った悲運の人、プリンセス・カイウラ二 孔雀を連れた若い女性の銅像が、ワイキキのほぼ中央、クヒオ通りとカイウラニ通りの差点、バス停の前に置かれています。ハワイ王国最後の王位継承権を与えられたカイウラニ王女の像です。このあたりには「アーイナハウ」と呼ばれるカイウラニが住んだ邸宅がありました。   カイウラニは1875年10月、カラカウア王の末の妹にあたるリケリケ王女と、スコットランド人アーチボルト・クレグホーンの一人娘として生 […]

  • 2019.5.24

ハワイ王国の祖・カメハメハ大王

ハワイの道から辿るヒストリー:カメハメハ・ハイウェイ ハワイ8島を統一した賢者・カメハメハ大王 オアフ島にカメハメハ大王の名を冠した道があります。その名はカメハメハ・ハイウェイ。ハイウェイと言っても高速道路ではなく、島の中央部と北部をぐるりと回る一般道路です。その道を時計回りにたどってみると、ホノルル空港の東側から始まり真珠湾の北東部を回り込み、丘陵を登って島の中央ワヒアワの町へ。かつてはパイナップルとサトウキビ畑に囲まれていた道を下ると、島の北西部に砂糖農園が盛んだった頃の古き良き時代の町並みを今に残すハレイワに着きます。北に延びる道はオアフ島最北端のカフクの町を通り、島の北東海岸に沿ってポ […]

  • 2019.5.24

ハワイ王国最後の女王・リリウオカラニ

ハワイの道から辿るヒストリー:リリウオカラニ・アベニュー ハワイの行く末を案じて ハワイ語と英語に精通し、音楽家としての感性を持ち合わせた女王、リリウオカラニの名を冠した通りがワイキキの海岸からアラワイ運河に向かって続いています。しかし、リリウオカラニ女王の人物像に迫るには、一度ホノルルのダウンタウンに行ってみる必要があるでしょう。イオラニ宮殿の裏手に、宮殿に背を向けて州会議場の山側、州知事公邸を見るかのようにリリウオカラニ女王の像はあり、薬指に指輪をした左手には何かを持っています。   近づいて良く見ると、巻かれた3枚の紙のようなものを手にしています。その1枚目はアロハオエの楽譜です。リリウ […]

  • 2019.5.24

カピオラニ王妃の甥・クヒオ王子

ハワイの道から辿るヒストリー:クヒオ・アベニュー ハワイが米国の準州になってからも活躍した王族の末裔・クヒオ王子 王子の名は、ジョナ・クヒオ・カラニアナオレ・ピイコイ。一般にはクヒオ王子と呼ばれ、その名を冠した通りがワイキキを北西から南東に貫いています。ハワイ語では、「クーヒオー」と、少し伸ばし気味に発音します。   クヒオ通りは、ワイキキのビル群の西側、カラカウア王の銅像がある小さな三角形の公園からダイヤモンドヘッド側の動物園の手前まで続き、カラカウア通りに平行して、ホテルや商店の立ち並ぶ、市バスを利用する人にも便利な通りです。クヒオ王子の名は、通りばかりでなく、ワイキキのビーチの名としても […]

  • 2019.5.24

カラカウア王のお后・カピオラニ

ハワイの道から辿るヒストリー:カピオラニ・ブルバード 王国の繁栄を陰で支えた王妃・カピオラニ 王妃の名を冠した大通りが、ホノルルのダウンタウンからダイヤモンドヘッド方向に長く続いています。その名は「カピオラニ」。カウアイ島最後の王「カウムアリイ」の孫にあたります。   1874年(明治7年)2月、カピオラニの夫君カラカウアは、議会の選挙によりハワイ王国7代目の王に推挙されました。カピオラニとの結婚から10年後のこと。それから遡ること80年ほど、諸島統一を目論んでいたカメハメハはハワイ島からマウイ島を攻略した後、大軍を率いてワイキキからカハラに上陸。1795年4月にヌウアヌパリの絶壁で敵を攻め落 […]

  • 2019.5.24

ハワイ王国第7代国王・カラカウア

ハワイの道から辿るヒストリー:カラカウア・アベニュー 砂糖産業がハワイ王国の存続を左右したカラカウアの時代 王様は無類の音楽家。自ら作詞作曲し、多くの名曲を残した人の名は「カラカウア」。第7代のハワイ国王でした。ワイキキのメインストリートに、その名が残されています。   カラカウア通りを西から東へ辿ってみると、H-1フリーウェー、プナホウ出口近くのベレタニア大通りとの角を起点にして、ワイキキを囲むアラワイ運河に隣接したハワイコンベンションセンターの角で、お后の名であるカピオラニ大通りと交差します。   ワイキキに入り、義理の甥、クヒオ王子の名を冠したクヒオ通りとの分岐点には小さな公園があり、そ […]