第9回【イヴィレイロード】パイナップル工場跡地を通る道

 

ダウンタウンから川を渡ったエヴァ(西)側に在る道の名、イヴィレイ。直訳すれば「レイの骨」、レイを掛けたように見えるイヴィ=骨、ハワイ語で鎖骨を意味します。鎖骨から手を伸ばした中指の先まで、ネイティヴハワイアンの人達が長さを測る単位の1つでもありますが、何故この地区にこの名前が付けられたのかは分からないそうです。

ワイキキからホノルル空港や真珠湾方面に向かう、ザ バスの19番か20番に乗ると、この道を通ります。ホノルルに住む人達は、映画館やコスコ近くの道としてご存知でしょう。20世紀の後半まで、この辺りを通ると甘酸っぱいパイナップルの香りがしたものです。それもそのはず、イヴィレイ通りにはドールの名で親しまれていたパイナップル缶詰工場が在りました。現在は、その跡地と黄色に塗られた建物が商業施設や映画館として活用されています。

この道のダウンタウン側、アアラパークと呼ばれる公園に突当たる左、エヴァ側の角に白っぽい色の2階建てに赤い瓦屋根の古い建物が在り、屋根から突き出した塔には大きな時計がついています。オアフ島内に砂糖キビを運搬するための鉄道網が張り巡らされていた頃の旅客用のホノルル終着駅で、1947年(昭和22年)まで駅舎として使われていました。戦前、周囲には日系の商店街が立ち並び、近くの住民ばかりでなく、遠方の砂糖農園からホノルルの町に出てきた人達で賑わいを見せる一角でした。

1868年(明治元年)に、ハワイの砂糖キビ畑での労働に従事すべく、後に元年者と呼ばれるようになる150名ほどの人達が日本から来島し、今年がその150周年の記念すべき年にあたります。そして1885年(明治18年)からは明治政府が正式に認めた官約移民と呼ばれる人達が続々とハワイの砂糖キビ農園に入植してきますが、この官約移民50周年にあたる1935年(昭和10年)に日布時事社から発行された記念誌に、ドールのハワイアン パイナップル カンパニーの紹介記事が載っています。当時「世界の鳳梨(ホウリ=漢名を使いパイナップルをこう呼んだ)缶詰の八割は布哇で生産されている」と。そして2万1千人の人達がこの畑や業界で働いていたと書いてあります。

ホノルル港沿いを通るニミッツハイウエイに比べると裏道のようにも見えるイヴィレイ ロードですが、砂糖産業やパイナップル生産で活気づいていた頃のハワイを思い起させる通りの1つです。

(2018年5月1日掲載)

執筆 David

◎ ビショップ博物館ドーセント
旅行会社勤務時代よりビショップ博物館でドーセントのボランティアを開始。2003年より同博物館の会員代表機関 Bishop Museum Association Council の唯一にして初の日本人メンバーに。ハワイの歴史、文化の研究に取り組む

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