2017年も感動を再び!ホノルルマラソン特集

ホノルルマラソン

天からの贈り物のような風を感じることのできる海沿いのコース。ボランティアの声援や笑顔に幸せを感じる。

 

2017年 ホノルルマラソンに参加しよう!!

ロゴ2017年で第45回記念大会を迎えるJALホノルルマラソン。世界各国から約3万人のランナーがハワイに集まり、街と壮大な自然、盛大な応援の中、カピオラニ公園のフィニッシュ地点を目指す。

ホノルルマラソン大会概要

開催日:2017年12月10日(日) 5:00amスタート(車椅子競技部門は4:55amスタート)
競技種目:フルマラソン42.195km(26マイル385ヤード)、フルマラソン車椅子競技部門42.195km(26マイル385ヤード)
場所:アラモアナ(スタート)~カピオラ二公園(ゴール)
参加資格:大会当日の年齢が7歳以上の方。ただし20歳未満の方は、宣誓書に保護者の署名が必要。
参加方法:エントリーはオンラインにてこちらのアドレスまで。
12月以降は、ホノルルマラソンExpo開場にてのみ受付。(場所:ハワイコンベンションセンター 1801 Kalakaua Ave., Honolulu)※大会前日まで申し込み可能。
参加料:日本受付は9月15日(金)まで27,000円、11月17日(金)まで29,000 円 / ホノルル現地受付(最終)は12月7日(木)~9日(土)340ドル
※日本受付には別途5%の事務手数料がかかります。

主催:HONOLULU MARATHON ASSOCIATION
特別協賛:日本航空
協賛:三菱UFJ ニコス、佐藤製薬、スポーツ ビューティ、デサントジャパン
賛助協賛:NTTドコモ

問合せ:ホノルルマラソン事務局
E-mail:info@honolulumarathon.org / 日本事務局 ☎ 03-6273-3330
Webサイト(日本語):www.honolulumarathon.jp/
Webサイト(英語):www.honolulumarathon.org
 

2016年のホノルルマラソンを振り返ってみよう!

走る人の心も、走らない人の心もつかみ続ける ホノルルマラソンの魅力に迫る!!

世界各国から約3万人のランナーたちがハワイに集まり、42.195kmに及ぶ自分との戦いの道のりを走り抜ける。初心者から上級者まで、世代も幅広く、あらゆる人を魅了してやまないのがこのイベントだ。そんなホノルルマラソンの魅力について探ってみよう。

ホノルルマラソン協会を支えるのは、ジム・バラハル会長と、ロナルド&ジャネット・チャン副会長の3人。バラハル会長が33年前に協会に関わるようになったのは、マラソンという素晴らしい体験をたくさんの人に味わってほしかったからだという。ジャネット・チャン副会長は、肥満傾向の身体をなんとかしたいとマラソンに参加したのがきっかけで、30年以上も前に同協会のメンバーになった。そしてご主人のロナルド副会長も、エンジニアという職業柄、プラン設計や工事関係者への発注等をこなしているうちに、同協会のメンバーになったという。他にも、会場のテントやステージ等の設営を担当するBetter Way Toursのロッド・トメイさんもこのイベントに関わって26年経つ。夫人のユキコさんとの馴れ初めもホノルルマラソンだ。

こんなアットホームな運営で成り立つ大会は、勝敗を競うことが目的なのではなく、自分の心に決めたゴールに向かって走り抜くことが重要だという。それがこのマラソンの意義であり伝統だ。だから完走制限時間はなく、最後のランナーがゴールにたどり着くまでを皆で見守る。バラハル会長自身も毎年ゴールで最後のランナーが来るまで待っている。

ランナーゴールを目指すランナーが3万人いれば3万通りの思いがあり、その思いに皆が感銘を覚える。毎年5000人以上の人がボランティアとして集まり、コースでは住民も皆道路脇からランナーに声援を贈る。それはアロハスピリット以外の何物でもない。先に挙げた協会員やスタッフたちも、一体感と一生懸命さに毎年のように感動し、何十年も運営に関わってきたのだそうだ。

今年こそはこの一員になって、思い切り楽しんでみてはどうだろう。

 

ホノルルマラソンの流れ(2016年)

 

12月8日(木)~12月10日(土)

ハワイ・コンベンションセンターでホノルルマラソン・エキスポが開催。

12月9日(金)

ホノルルマラソン・ルアウがワイキキシェルで開催。今年の日本からのゲストはAi。他に、フラ、ハワイアンミュージック等のエンターイメントがある。参加料は75ドル。

12月10日(土) 午前7時

カラカウア メリーマイル開催。今年初めて開催されるたった1マイルのファンイベント。カパフル通りの交差点からスタートする。

12月11日(日)

車いすランナー・午前4時55分
車椅子競技部門のランナースタート。

・午前5時
アラモアナ公園からランナーがスタートする。ワイキキビーチ、ダイヤモンドヘッドを通り抜けてハワイカイで折り返し、カピオラニ公園でゴールする。ゴール後完走者に完走Tシャツと完走メダルが手渡される。

仮装・マラソンランナーがスタート後
レースデーウォーク(10㎞)が開催。ダウンタウンで折り返し、カラカウア通りを通ってカピオラニ公園でゴールする。表彰式はバンドスタンドにて午前10時から行われる。

・午前中
レースデーコンサートがバンドスタンドで開催される。

表彰式・午後1時
表彰式がカピオラニ公園で行われる。

12月12日(月)

ハワイ・コンベンションセンターにて完走証が手渡される。

給水ポイントランナー

 

ホノルルマラソン開催に合わせて行われるイベント(2016年)

カラカウア メリーマイル / The Kalakaua Merrie Mile
12月10日(土)7:00amスタート

2016年に初めて開催されたこのイベントは、年齢にかかわらず誰でも参加できる、たった1マイル(約1.6km)のファンラン。3分おきに5グループに分けてスタートし、最後の7:30amスタートでは、オリンピック銅メダリストのNick Willisや、エリートランナーたちが走る。

フリーハグゴール後にはサンセットオンザビーチでビーチパーティーが開かれ(10:00am迄)、ステージではエンターテイメント、参加者にはドリンクやスナックが振舞われる。

参加料:45ドル
12月9日(金)まで、コンベンションセンターのエキスポ会場で申し込み
 

ホノルルマラソン・エキスポ / The Marathon Expo
12月8日(木)9:00am〜6:00pm、12月9日(金)9:00am〜7:00pm、12月10日(土)9:00am〜5:00pm

ランナーのパケット・ピックアップ、Late Registration Desk(出場申し込みは前日まで可能)の会場にもなる、ハワイ・コンべンションセンターの1階にて開催。入場無料でマラソンに参加しない方も入場可。健康やスポーツ関連のブースも多数出展の予定で、大会記念グッズも販売される。出入り口近くのステージではフラのショーやラジオ体操、マラソン事前準備のレクチャー等が開催される。駐車場はフラットレートのみで10ドル。アラモアナセンターに停めて歩いても大丈夫だ。

エキスポゼッケン

 

レースデーウォーク(10km)-(レースデーウォーク仮装コンテスト)/ Race Day 10k Walk
12月11日(日)5:25am頃スタート

仮装まだ夜明け前の暗がりの中、ダウンタウン方面へ歩くウォーキングイベント。クリスマスデコレーションを見たりしながら、朝日が昇り始めるカラカウア通りを楽しく歩く。

「仮装」をして歩けば、コンテストに参加でき、ゴール手前にある審査用ステージで審査員に向かって「アピール」ができる。入賞すれば賞品がもらえる。表彰式はバンドスタンドで10:00amからなので、気合を入れている人は入賞発表を逃さないように気をつけよう。
横断幕
参加料:9日(金)まで60ドル、10日(土)は80ドル
ハワイコンベンションセンター EXPO会場にで申し込み
 

ホノルルマラソンスタッフのコメント

会場の設営を担当
Better Way Tours ロッド・トメイさん

スタッフ私は毎年、特に日本人ランナーたちの団結力や粘り強さに感動するんだ。そして、車椅子ランナーたちのスピード感ある走りっぷりは圧巻されるよ。アドバイスとしては、路上で応援する人は、恥ずかしがらずに大きな声ですると良いよ。楽しく応援すると、もっと楽しい気分が広がるんだ。ランナーたちの疲れて痛い身体には、元気な応援の声がとても響くんだよ。ランナーもボランティアも、アロハスピリットで大会を一緒に盛り上げよう!

ゴール&イベント会場で司会担当
瀬川 慶さん

スタッフ私は10年前から、ゴールで完走したランナーたちの名前を読み上げています。全員は読みきれないときもあるので、ゴール手前に来たら自己アピールしてくれると嬉しいです!
仮装コンテストに参加する人は、審査員に向かって仮装のコンセプト等を面白くアピールすることを楽しんでください。今年初めて開催されるカラカウアメリーマイルも、どんなドラマが生まれるのかとても楽しみですね!

 

「僕の40回目のホノルルマラソン」フォーク歌手・高石ともやさんインタビュー

フォーク歌手
アラモアナ公園をスタート、カピオラニ公園をゴールとし、世界的に有名なワイキキビーチ、ダイヤモンド・ヘッド、そしてハワイカイを駆け抜ける壮大なシーサイドマラソンとして有名なホノルルマラソン。そのマラソンで今年40回連続完走を成し遂げようとする鉄人がいる。彼の名は「高石ともや」。今回は、彼の走り続ける理由とその偉業達成への道のりの裏側を探ってみた。

高石 ともや / TOMOYA TAKAISHI

顔写真1941年12月9日、北海道生まれ。1960年代後半より、日本のフォークソングの先駆者として活躍。「受験生ブルース」などを発表。70年代より、「ザ・ナターシャ・セブン」として活動の他、宵々山コンサートを開始。ランナーとしては、ホノルルマラソンの他、日本初のトライアスロン大会で優勝。第2回アメリカ大陸横断レースでは、日本人初の完走者となる。75歳の今もなお、現役の歌手、ランナーとして活躍。

「なぜそんなに、 走り続けるのか?」

今年で44回目を迎えるホノルルマラソンに、40回連続完走という偉業を達成しようとする人物がいる。しかも、75歳で日本人最多連続完走というから驚きだ。その人の名は「高石ともや」。ある年代を超えた人たちにとっては、耳に懐かしい名前のはず。日本フォークソングの創生記より活躍し、日本のフォークの神様とまで呼ばれた人物と言えば、思い当たるはずだ。その高石氏の言葉から「なぜ、そんなに走り続けるのか?」という誰もが持つ疑問の答えを探ってみた。

私は真珠湾攻撃のあった翌日(1941年12月9日)に生まれました。ハワイに来て戦艦アリゾナ号のサビを見るたびに、自分と同じ年なんだと実感しています。自分より十数年前に生まれた人はここで戦い、彼らの十数年後に生まれた私は、ハワイで温かく出迎えてもらえる。何とも不思議で、ありがたいことです。

ピート・シーガーに憧れてフォークソングを始めましたが、それまでの音楽とは違い、ギター一本で生き方を表現する音楽。60年代の日本の音楽の伝統を打ち破るようなもので最初はつぶされて、認められない時期が続きました。苦労の末、ベスト10に入る大ヒット曲を出しましたが、3年後には、1度音楽を辞めたんです。とてもくたびれたというのが本当のところでした。30歳でカリフォルニアに渡り、全米を放浪。旅の終わりには、今までの自分とは全くの別人になっていました。

かつては、オリンピックなどの有名な競技会に出て、速い人、強い人が偉いというマラソン大会。この旅で出会ったのが、ジョギングでした。ボストン大会で女性が走るのを許されたと聞き、僕も走ってみようと、トレーニングを開始して5年後、ついにフルマラソンに初挑戦。それが第4回ホノルルマラソンで35歳の時でした。1回でやめようと思っていた心とは裏腹に、走り始めると楽しくて楽しくてしょうがない。ホノルルマラソンがあまりにもハッピーなマラソンだったので、つい「毎年このマラソンに来ますよ」と公言し、今に至ります(笑)。

この大会で、ミュンヘン・オリンピックのマラソンの金メダリスト、フランク・ショーターを抑えて優勝したのが、名もないテキサス大学の学生でした。勝者インタビューで「オリンピック選手を抜いての優勝おめでとう。今夜はどんな風に祝いますか?」と聞かれた彼は 「ゴールしたみんながヒーローでヒロイン。ぼくもその中の一人にすぎません。これから教会に行って一人でお祈りしてきます」と答えたのです。それを聞いて涙がボロボロ。「こんなマラソンが世の中にあるのか」と衝撃を受けたんです。当時の日本のマラソンは、笑って走ると「真面目にやれ」と怒鳴られる。遅い人は邪魔だからどけというような感じでした。

ところが、ホノルルマラソンでは勝者が「みんながヒーローでヒロインです。じゃあお祈りしてきます」と言う。速い人、強い人だけが偉いわけじゃない。こんなに優しいマラソンがこの世の中にあるんだと感激しました。自分の人生を変えることができるかもしれないとまで思える体験でした。

「人と比べる幸せなんていらない。ホノルルマラソンはそれを教えてくれました」

ゴール

64歳の時のホノルルマラソンでのゴールの瞬間。童心に帰ったような無垢な笑顔が眩しい

小さい頃から親や先生に、「人に勝て、努力しろ、がんばれ」と尻を叩かれ続けてきましたから、「がんばらなくてもいい世界もあるんだ。自分らしく生きていいんだ」とホッとした気持ちがしましたね。

ホノルルマラソンには、収容車がありません。収容車というのは、時間内に走れなかった遅い人を乗せて帰るトラックみたいなものです。ホノルルマラソンには時間制限がないから、収容車なんていらない。自分の速さで何時間かかってもいい。人を蹴落とすマラソンではなくて、走った人みんながよかったねと楽しめるのが最高なんです。人と比べる幸せなんていらない。自分で自分の幸せの価値観を作る。毎年毎年、ホノルルマラソンに来ては、人生を確かめているようなものです。

また、ボランティアの人が底抜けに明るいんです。手伝いたいから来ている。義務感でもなんでもない。みんな本気で応援してくれる。彼らに会いたくて、40年続けてこれたのかもしれません。ちなみに、ホノルルマラソンの20回目頃から僕が走った出場回数と同じ数のゼッケンを大会から毎年プレゼントしていただいています。こんなにうれしいことは、ありません。

FINISH地点フォークシンガーとしての生活にも復帰し、「ザ・ナターシャ・セブン」のメンバーとは、ホノルルで2週間レコーディング、2週間マラソンというスケジュールを組んだことも。スタジオの社長さんが「たくさんのミュージシャンが日本から来るけど、君たちが1番正しい過ごし方をしていますね。半分仕事で半分遊び。実に素晴らしい!」と褒めてくれました。仕事だけではない生き方をハワイで学んだ気がします。

ハワイ島で開催された第5回アイアンマンの開会式で牧師さんが、「君たちアスリートは地球上の66億人の中で1番幸せな人たちだ。明日はこの美しい大地と海で1日中、遊べるんだから。こんな幸せな人たちは君たちだけだ」と過酷な競技の前日に言ったんです。人に負けるな、勝て勝てと言われてきたのとは違い、もっと大きな世界があると教えてくれました。同じことを、毎回ホノルルマラソンに来ては、それを確かめてニヤッと笑っているんです(笑)
 

「自分で自分を誉めてあげたい」

かつて、女子マラソンの有森選手がオリンピックで、「自分で自分を誉めたいと思います」と涙ながらに語った姿は感動を呼びましたね。

フォーク歌手流行語大賞にも選ばれたこの言葉は、かつて私が京都女子駅伝の前夜祭で読んだ詩。「辛い練習を乗り超えてここにいる自分を今夜は褒めてください」という内容でした。当時補欠で出場できず、悲しい思いをしていた有森選手の心の中にストンと入り、「あなたの言葉が私の心に入ってきた。それが練習する力に変えていってくれました」と後日、話してくれました。この詩もホノルルマラソンで、自分の人生の価値観を学べたからできたものです。

結局のところ、ランナーとボランティアとの心のつながりを求め、生きる意味を探し、自分を見直すために40年もホノルルマラソンに通っています。

ハワイに来ると表情が自然と良くなるんです。むっつりしないで笑ってる自分がいる。今が幸せ。これをハワイで学びました。ホノルルに通うたびに生まれ変われる。ハワイは「新しい自分のバロメーター」です。これが、40年連続で走る理由です。

(Lighthouse Hawaii 2016年12月1日号掲載)

JALホノルルマラソンが人生を変えた2人のランガールストーリー

45年が紡いだ歴史に見つけた”女性が走るホノルルマラソン”
「自分が走るなんて夢にも思っていなかった」スタイリストとアナウンサー。あるきっかけでホノルルマラソンに出場して以来、走る魅力にとりつかれ、後に女性のランニング大会「ランガール★ナイト」を始動。そんな2人のホノルルマラソンの物語をたどった。
(写真提供:ホノルルマラソン日本事務局)

JALホノルルマラソン_フィニッシュ直前

フィニッシュ前の直線ライン

JALホノルルマラソン_ダイヤモンドヘッド周辺

ダイヤモンドヘッドの周りを笑顔で駆け抜ける

JALホノルルマラソン_メダル

完走メダルは一生の記念に

JALホノルルマラソン_海辺のコース

大きな空とコバルトブルーの海を望むハワイならではのコース

コスチューム

ユニークなコスチュームもホノルルマラソン名物の一つ

フィニッシュ地点

達成感と感動が押し寄せるフィニッシュ地点

 

「ランとの出合いが人生を変えました」工藤満美さん

ダイヤモンドヘッド_工藤満美さん

結婚10 周年で訪れたハワイのダイヤモンドヘッド近くで。毎朝走りながら観光していたという工藤さん

きっかけは2002年、スポーツジムの仲間から「ホノルルマラソンに一緒に出ない?」と誘われたことでした。体を動かすのは好きだったのですが、学生のとき、部活動で長距離を走らされたのがトラウマとなって、マラソンだけは避けていました。

今でこそ日本はランニングブームですが、その頃、ホノルルマラソンは芸能人が出場するものだと思っていて、一般人には程遠い存在でした。だからこそ、「ホノルルマラソンに出た」と言えたらかっこいい! とスポーツ根性に火がつき、一大決心をしました。それが大会の半年前のことです。

出場は決めたものの、何の知識もなく、エアロビ用のシューズで練習を始めたほどです。トレーニングを続け、10月にハーフマラソンに出てみたところ、辛い! この倍も走るなんて…と思いました。

熱い声援に感激。私、すごい舞台に立ってる!

スポースジムの仲間10人ほどでハワイへ。当日、スタート地点にはいろいろな国からの参加者がいて迫力満点。「よし、完走するぞ!」と気合が入りました。

ダウンタウンの煌めくイルミネーション、熱い声援にテンションが上がり、つい速いペースでワイキキ、ダイヤモンドヘッドの上り坂へ突入。日も昇り、あまりの暑さに早くも疲れてしまい、そこからが長い道のりでした。

これ以上走ることができないほど足が痛くなって、気力も尽きそうになりながらダイヤモンドヘッドロードの坂を上り切ったとき、目の前に海が見えたんです。思わず「海だ〜。もう少し!」と声に出したのを覚えています。足を前に出せば、確実にゴールに近付く。来たら、沿道を埋め尽くす人たちが「もう少し!」と一生懸命に声をかけてくれるんです。あぁ今私はすごい舞台に立っているんだという思いが湧き上がってきました。歩くのが精一杯だったのに「頑張って走って!」という声に、最後の力を振り絞って走り出しました。そしてフィニッシュ! 「コングラッチュレーションズ」の声の中、感極まって涙があふれました。

その日の夜、皆は食事に出かけたのですが、私は頭も体も内臓も疲れ切ってしまい、動けませんでした。何も考えられない中で、終わってしまったという寂しさだけは感じていました。

人と比較しなくていい。楽しめる人が一番ハッピー

工藤満美プロフィール

工藤満美
女性誌、広告、カタログなどのスタイリスト。ラン歴16年、フルマラソン3時間48分。ウルトラマラソン、トレイルランニングが趣味。2014UTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)169km完走

あれから15年。ホノルルマラソンには全部で4回、那覇マラソン、グアムやゴールドコーストマラソン、ホノルルハーフマラソン・ハパルアにも出場しました。ここ数年はウルトラマラソンやトレイルランニングにも挑戦しています。

走ることで私の人生は変わりました。誰かと自分を比べることがなくなりました。マラソンは、体も体力も人それぞれなので、自分が楽しめることが一番。ラン以外も同じことなんだと気付きました。

体質も変わり、太りにくくなり、体力が付きました。汗をかくことで、肌に吹き出物ができなくなり、顔色も良くなりました。向上心のあるラン仲間もたくさんでき、一緒に温泉に入ったり、山小屋で鍋焼きうどんを食べたり、おいしいビールを飲んだりする楽しみも増えました。

こんなすばらしい魅力を持つランのことを、多くの女性に伝えたいと思い、ラン仲間と「ランガール」という団体を立ち上げました。私自身がそうでしたが、長距離を走るというとストイックなイメージを持つ方が多いと思うので、ランガールでは5㎞、10㎞を中心とした大会を企画しています。走る楽しみを感じていただいて、これがきっかけとなってホノルルマラソンを目標にしてもらえたらうれしいです。
 

「マラソンは街が会場になる特別なスポーツ」柴田玲さん

カイルアビーチ_柴田玲

2016年にJAL ホノルルマラソンに出場した数日後、カイルアビーチをジョギングする柴田さん

2006年9月、ハワイから日本へ向けて放送するラジオ番組の仕事をするため、2年間の予定でハワイに引っ越しました。それまで数えるほどしかハワイに行ったことがなかった私のミッションは、ハワイ初心者の視点で日々の発見を日本に伝えることでした。

移住してちょうど3カ月後がホノルルマラソン。日本でも有名なこのイベントを、ただ見に行くというわけにはいかない状況で、生放送内で出場を宣言してしまいました。スポーツに苦手意識があった私にとって、42㎞は想像もできない世界。「全部歩けばいいんだよね」と考えていました。

こんなにおもしろいことを知らなかったなんて!

マラソン当日、スタート時に打ち上がる大きな花火に感動! その後、見ず知らずの人たちが自分を応援し、励ましてくれ、ハワイという場所の懐の深さを強く感じました。

一方で、体は悲鳴をあげていました。42㎞は歩くこともままならない距離ということを実感。おにぎりとカメラを持ってピクニック気分でスタートしたものの、最後は動けなくなるほど辛かったです。沿道の声援に背中を押され、必死にゴールを目指しました。

翌日、疲労困憊の中で思ったのは、街をあげてこんなにおもしろいお祭りが行われていたなんて、今まで知らずに損していた! ということ。街が会場になる雰囲気にハマってしまったんです。

それ以降、ハワイで小さなマラソン大会に参加するようになりました。マラソンは、対面で相手を打ち負かすスポーツではなく、皆で同じゴールを目指して頑張るところが自分に合っていたんだと思います。いつでもどこでも、1人でもできる気軽さもいいですよね。

家族と離れて一人で暮らし始めたハワイで、ランニングを通して見知らぬ人や身近な人とのコミュニケーションが広がり、街を知ることもでき、街と人との距離が縮まっていきました。走ることが、私にとってのコミュニケーションツールになっていったんです。

日本に戻ってからも、共通の”ランニング”という経験があるだけで、立場や年齢、性別などの違いを超えて、さまざまな人と会話がはずむことが多くありました。特にフルマラソンの経験を持っているだけで分かり合える。それだけで悪い人の気がしないんです!

年齢と経験を重ねるごとにベストを更新していけるのもうれしい発見でした。歳を重ねるといろいろな数字が落ちて行く中、マラソンはタイムを縮めていけるのです。

ファッションやメイクも楽しみの一つ。着飾るということではなく、自分らしく、心地良いと感じるウエアを身につけて走るのが楽しい! 新しいウエアを買うことが、次のランニングのモチベーションになることも多々あります。最近、ランニングに合わせた華やかで崩れないメイクも教わり、さらに楽しみが増えました。

大会を作ることでホノルルマラソンとランへ恩返しを

柴田玲さんプロフィール

柴田玲
元TOKYO FMアナウンサー。ラジオパーソナリティーやトークショーなどのMCとして活動中。2006〜2008年に暮らしたハワイで走り始める。フルマラソンのベストは3時間54分(熊本城マラソン2017)

ランニングをしていたから出会えたのが「ランガール」の仲間です。ランニングを通じて自分が感じてきた経験を、少しでも多くの人に味わってほしいという思いが集まり立ち上がった団体です。

結成した2010年当時、女性ランナーは、大多数を占める男性ランナーの中で気後れしてしまったり、更衣室が吹きさらしのテントだったり、女性にとって厳しい環境の大会が多かったんです。

そこで女性向けの大会「ランガール★ナイト」を企画して、女性が心地良く出場できるサービスを徹底しました。参加賞にも力を入れ、毎回オリジナルアイテムを製作しています。日常的に長く使っていただけるよう、あえて大会名は入れず(笑)、デザインや使いやすさにこだわったシューズケースやサンバイザーなどを作ってきました。

日焼けを気にせずに走れるように、大会は夕方スタート。初心者がチャレンジしやすい距離設定、さらに達成感や余韻を共有できるアフターパーティーも開催。また、最新のランファッションやメイクを発信する場として、パーティー内でランウエアのファッションショーも行っています。

目的は、あくまでもランニング大会の入り口として楽しんでいただくことです。私がホノルルマラソンで味わったように、最初の体験がものすごく大事ですから。

そういう大会の場を作ることがランへの恩返しだと思っています。
 

RUNGIRL / ランガール
走るから、毎日が満たされ、人生が豊かになっていく

ランガール_柴田さんと大橋さん

2014年、柴田さん(左)と大橋清美さん(右)。ランガールTシャツを着て完走!

ランガール_工藤さん

2010年、ランガールメンバーと参加した工藤さん(右)。個人では記録更新できなかったものの女子のチームカテゴリーで優勝!

RunGirl(一般社団法人ランガール)とは

RunGirl“走る女性のパワーで毎日を豊かに”をキーワードに、主にメディア・ファッション・ビューティー業界で働く女性ランナーにより、2010年に発足。メインの活動は、発足のきっかけにもなった、女性向けのランニング大会「RunGirl★Night (ランガール★ナイト)」の企画運営。2010年当時、まだ少なかった女性のランニング大会の先駆けとなる。ラン+アフターパーティーというユニークなスタイルで、中でもパーティー内で実施される、複数のスポーツ・ファッションブランドが一堂に会するラン&フィットネスウエアの本格的なファッションショーが話題に。大会は非営利で、メンバー(2017年現在13名)が本業の傍らボランティアで企画運営に携わる。ランナー参加費とチャリティーグッズの売り上げのそれぞれ一部が、女性の健康や東北・熊本の地震被災地支援などのために寄付されている。
Webサイト: rungirl.jp/

(’Eheu Autumn 2017号掲載)

※このページは「Lighthouse Hawaii 2016年12月1日」号および「’Eheu Summer 2017」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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