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「ウィンダム・バケーション・オーナーシップ」 ディレクター・オブ・マーケティング  ヤング幹子

 

 

結婚、出産を経て、子育てをしながら追いかけてきた夢は、少しでも多くの日本人にバケーションを提案する仕事

 

 

 

 

英会話の先生をしていた23歳のとき、アメリカ人と結婚し、サンディエゴに移住しました。夫が国防総省の仕事をしていたので異動が多く、大学へ入学したものの、異動とともに編入を繰り返し、7年かけてようやく卒業。1988年に双子を出産したときはイタリアに住んでいました。その後、バージニア州ではモンテッソーリ教育者の資格を取得。次の転勤先の日本で再び英会話を教えました。

2000年にハワイへ異動となり、家族4人で引っ越してきました。家を探す間、イリカイホテルに滞在していて、そこから眺めていたのが建設中の『ヒルトン・グランド・バケーションズ』によるタイムシェアのビルでした。その後、仕事を探そうと求人情報を見たときに目に入ったのが同社でした。

 

タイムシェア人生に! 昇進、転勤、そして転職

タイムシェアのことは何も知らなかったのですが応募したら合格。デスク担当になり、先輩の見よう見まねでお客さまの販売説明会への予約を取っていました。そのうち、気づいたことや改善点をマネージャーに提案するようになったのですが、一向に反映される気配なし。「じゃあマネージャーになってしまおう」とマネージャーを目指しました。その頃DFSにデスクが設置され、チームリーダーになりました。トレーニングマニュアルを作ったり、生産性を高めるような仕組みを考えたりしました。そしてマネージャーに昇格。ハワイ内で業務が拡大していき、日本にも支店を作ることに。そのために日本でジョブフェアを開催し、採用に行きました。

2007年、日本のマーケティングディレクターに空きが出たと聞き「やります!」と名乗りをあげました。そして夫と子どもたちを残して逆単身赴任へ(笑)。沖縄を含む日本全国とグアムを統括し、販促のために奔走しました。

当初、数千組だったメンバーは約10年間で5万組になり、私は気付けば16年間、ヒルトンの仕事が好きでまい進してきました。ところが、新しいことへのチャレンジが好きな自分のエネルギーが余っていることに気付いたのです。

 

結婚、出産、子育てをして夢も叶える

そんなときに以前のボスが「世界最大のタイムシェアブランド『クラブ・ウィンダム』を日本マーケットに広げてみないか」と声をかけてくれました。2016年6月にマーケティングディレクターとして転職しました。

同じ業界でもビジネスの仕方が全然違い、最初は苦戦しました。世界的には大きな会社ですが、日本への知名度はまだまだ。会社としても日本人の感覚、考え方を理解できていない部分があるので、どのように開拓していくかが今の課題です。勤勉な日本人にこそ、家族や大切な方たちと気軽にバケーションを楽しんでいただきたい。それを可能にするのがウィンダムだと思っています。日本への進出も視野に入れています。

厳しい目標設定もありますが、達成したときはチームでシャンパンで乾杯するのが楽しみの一つ。全員のモチベーションにもつながります。

日本では、女性は子どもを産んで、仕事は第一線から離れるのが一般的とされがちです。「結婚して出産し、子育てしながらでも、夢を追いかけることはできる」と、頑張っている女性たちにエールを送りたいです。もちろん、支えてくれる家族がいるからできること。家族への感謝の気持ちもとても大切です。

 

目標を達成し、ウィンダムチームと自宅でパーティーをして、祝杯をあげたとき

 

やんぐ・みきこ
◎横須賀生まれ。高校卒業後、新宿外語専門学校へ進学。卒業後、英会話教師に。結婚後、米サンディエゴへ移住。グロスモント大学、サンディエゴ州立大学からニューヨーク州立大学へ編入、卒業。1988年イタリアで男女の双子を出産。米バージニア州でモンテッソーリ教育教師の資格を取得。横須賀で英会話教師となる。2000年家族でハワイへ移住。同年ヒルトン・グランド・バケーションズへ入社。デスク担当、チームリーダー、マネージャーを務め、2007年日本支社へ異動し、ディレクターへ。2010年ハワイへ戻り、ディレクターを務める。2016年6月ウィンダム・バケーション・オーナーシップへ転職し、現職へ

(2018年1月1日掲載)

※このページは「ライトハウス・ハワイ 2018年1月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

 

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