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地元サーファーと日本からの観光客が通い詰めるサーフショップ『サーフガレージ』。開店以来16年間、日本とハワイのサーファーたちをつなぎ、ハワイの海を守ってきた、オーナーの山口亨さんに転機を伺った。

 

 

海外に興味を持ったのは3歳頃です。進駐軍で通訳をしていた祖父と海外番組を見ていて、そこに映るアメリカが、子ども心にも印象的でした。

海外志向と、スキーを本格的にしていたことから、大学卒業後は商社でスキー関係の輸入の仕事に就きました。でも会社の中で自分は歯車の一つ。もどかしかったですね。週末はサーフィン三昧だった私は、上司の誘いを断るうち、仕事がしづらい状況になり、入社5年半で退社しました。

その後始めたのは個人輸入業。スノーボードが世に出てきた頃で「これは来る!」と、ボードを輸入しようとしたらあまりに高額で断念。そこで思いついたのがスノーボード専用の手袋。スノーボーダーらがスキーの手袋をはめているのを見て、スキーヤーの私はそれは不便だとわかったのです。アメリカに専用手袋を扱う会社を探し出し、輸入すると飛ぶように売れました。

 

 

マウイ島で経験したマイナスからのスタート

1991年、マウイで日本企業が駐在員を募集していると聞き、海外で仕事ができると就職。家族で移住しました。

総括マネージャーとして着任したのは、バブル経済の波に乗り、住宅開発や画廊などを展開する企業。ところが着任直後に湾岸戦争が始まり、さまざまな問題が起こりました。訴訟大国のアメリカ、訴訟問題まで発展した案件も。英語もまだ達者でない中、それらを処理するのは並大抵のことではありませんでした。とにかく事業を回さなくてはならないという一心で、5年かけて会社を再建しました。

その後、事業を伸ばすためにマウイで始めた新規事業をオアフ島で展開。それに伴い、オアフへ引っ越しました。

そんな中、1999年に本社から帰国命令が出ました。 子どもたちはハワイで育っていますし、帰国は難しいと判断し、退社しました。

この会社での経験があるから、今があると思っています。給料をもらいながら、勉強をさせていただけたのですから感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

ガレージで閃いた新展開、自分にできるお役目がある

15歳でサーフィンを始め、日本にもハワイにも海仲間がいるのですが、当時、自宅のガレージは日本の友人たちが置いていくサーフボードでいっぱいになっていました。倉庫を借りようかと考えたとき、自分で何かできるのではと閃いたのです。

思えば、海へ通っていると、日本人観光客の「地元サーファーにいじめられた」という声を聞く一方、地元側では「日本人はマナーを守らない」と言っている。それもそのはず、世界の海での常識と日本人の常識は真逆。でも話せば互いに納得できるのです。他にも、意思疎通ができないせいか、勧められるままに自分に合わないボードを買ってしまう観光客が多いことも気になっていました。

そんな状況を踏まえ、日本人と地元の人の橋渡しができるかもしれないと思い、『サーフガレージ』を開店しました。以来16年間、人生に欠かせないサーフィンを通して私ができるお役目だと思い、このハワイの海で皆さんが楽しくサーフィンをできるように日々努めています。

 

マウイからオアフ島へ家族で引っ越して来たときの思い出の1枚

 

やまぐち・とおる

◎1958年東京生まれ。横浜商科大学商学部卒業後、1983年に大手商社に就職。1988年に独立し、個人輸入業を始める。1991年ダイビングやウィンドサーフィンなどの雑誌を手掛けるマリン企画に就職し、マウイ支社に総括マネージャーとして駐在。1999年に退社。ハワイアングッズを日本に向けて販売。2002年にサーフショップ『サーフガレージ』をオープン。

 

(2018年5月1日掲載)

※このページは「ライトハウス・ハワイ 2018年5月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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