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ビーチライフスタイルを意識したファッション・ブランド『エンジェルズ・バイ・ザ・シー』を成功に導いた若き起業家ニーナ・タイさん。ベトナムからの移民である彼女に成功への道のりと人生の転機を伺った。

 

 

私はフランス系ベトナム人としてベトナムで生まれました。16歳で「ミス・サウスベトナム」に選ばれたのがきっかけでモデルとなり、資生堂やエビアン、タイレノールなどのCMに出演しました。

人生1番の転機は、2005年に家族でハワイに移住したこと。母はベトナムで優秀な洋服のテイラー、叔母は刺繍のスペシャリスト、そして父はテキスタイルを仕事にしていたので、自然とアパレル業界でのビジネスを考え始めました。移住して5年間、じっくりと準備に時間をかけました。というのも2008年にリーマンショックが起こり、ワイキキマーケットが不安定だったため。失敗が許されず、起業には慎重にならざるを得なかったのです。2010年にワイキキ・ビーチ・マリオットに「エンジェルズ・バイ・ザ・シー」をついにオープン。海辺のビーチハウスをイメージしたファッションは多くの女性に支持されました。

その後、グッチやシャネルという高級なブランドでなければ成功するのが難しいと言われてきたカラカウア大通りに進出。ローカルのしかもスモールビジネスには厳しい状況でしたが、『エンジェルズ・バイ・ザ・シー』のユニークさとローカル色が気に入られて、プリンセスカイウラニ店も小さいながらもお客様が溢れるほどに繁盛しました。そして、昨年ヒルトンハワイアンビレッジにも出店。 順調に見えますが、もちろんいろんなトラブルに見舞われました。まず、オープンした翌年に大々的にショーを行い、メディアに注目されたものの、プロモート予定の商品がそろわずがっかりされたり、外国の縫製工場に金銭面でだまされて、巨額の損失を負ったこともありました。

 

別の自分を証明したいと挑戦した「ミスワイキキ」

そんな経営者としての顔とは別に30歳にして「ミスワイキキ」のページェントに応募。移民、起業家、女性としての自分の経験を若い女性とシェアし、ロールモデルとしてコミュニティーに還元したいと思ったからです。「ミスワイキキ」に選ばれた後は、ホームレスシェルターへの慰問やフードトラックやブラッドバンクでの活動、政府主催の学生向けの講演会など精力的に活動しました。別の自分を表現できた1年でした。

10年以上前は、日本人が想像するハワイの女の子と言えばムームーを着ているイメージだったのではないでしょうか? それが、『エンジェルズ・バイ・ザ・シー』の登場で、海辺をマキシドレスで歩く女の子がローカルガールのイメージになったと言われました。ハワイに来たらそんな女の子たちに会えるかも…と。私のデザインはハワイの自然、文化、ビューティーからインスパイヤされ着心地の良さを大事にしています。着ているとフィールベターになるファッションです。将来はいろんな国の年齢の人が楽しめるユニバーサルなファッションを目指したいですね。

そして2020年にはオープン10周年を迎えます。そのときには、コミュニティーに還元できるような大々的な記念プロジェクトを予定しているので楽しみにしてください。

自分のビジネス以外にも「ミスワイキキ」としてコミュニティーに役立つために全力投球しました

 

Nina Thai

◎ベトナム生まれ。16歳のとき、「ミス・サウス・ベトナム」に選ばれ、モデルデビュー。資生堂、エビアン、タイレノールなどの大手企業の広告に抜擢される。23歳のとき、家族でハワイに移住。2010年、自身初のブティック「エンジェルズ・バイ・ザ・シー」をワイキキ・マリオット・ホテルにオープン。後に、プリンセスカイウラニ店、ヒルトン店オープン。2012年、ミスワイキキに選ばれる。

(2019年3月16日掲載)

※このページは「ライトハウス・ハワイ 2019年3月16日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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