ハワイのモノの質の向上には目まぐるしいものがある。アイランドスリッパ、シグ・ゼーン、マナオラ 、ファイティングイール、ビッグアイランド・キャンディーズ、ハワイアンホーストなどフォワードルッキングな製品やコンテンポラリーあるいは時代を反映したスタイルを展開する多くのローカルブランドが次々と名をあげている。ひと昔前までは、旅行者のカップルが飛びつく派手なハイビスカス柄のアロハシャツ(結局ローカルはそんなものを着ないのだとすぐに気づいてしまうのだが)のように、メイド・イン・ハワイのものはやたら安っぽいものばかりに思えたのを憶えている。茶色の紙で包み、ラフィアをリボン替わりに結んだ包装もダサかった。
幸いにもそういうシーンは過去となった。料理界も例外ではなく、今ではクリス・カジオカやアンドリュー・レなど才あるローカルシェフが育ち、また中澤圭二、マイケル・ミーナといったアメリカ国内や海外の有名シェフたちがハワイに惹かれてやって来るようになった。リニューアルしたクイーン・カピオラニ・ホテル内に誕生したオープンエアレストラン「デック」もその一例だ。正直なところ開店当初に行ったときは、メニューは特にこれといった魅力なく、味もどこかまとまりのない気がした。しかし、今年2月に久保雅嗣氏をエグゼクティブスーシェフに迎えて以来、状況は一転した。
実はあまり気が進まないまま再度来店したのだが、イタリアのエミリア・ロマーニャで学び、その後「キハチ」、「河文」といった日本の有名店で腕を磨き、直近ではニューヨークのミシュラン星獲得寿司店「すし麻布」のマイアミ店「麻布マイアミ」で腕をふるったシェフが作り変えたメニューに、僕はすっかり感動させられた。
絶妙のバランスと精緻な技で仕上げられた息を呑むような料理に、たちまち気分は雲の上に。敷かれた薄切り大根がしなり気味だったのがやや気になったが、その上に乗ったセビーチェのミニタコスは、キングサーモンマリネ、滑らかなアボカド、パクチー、ピリッと刺激のあるハラペーニョ、そして程よい酸味のハーモニーが味覚をみるみる目覚めさせてくれた。
レモンオイルを落とし、新鮮なルッコラとマッシュルームスライス、パルメザンチーズをトッピングした和牛のカルパッチョは、香ばしくまろやかなフレーバーが美味しく、お箸(フォーク?)が止まらなかった。ローズマリーやタイムなどのハーブ類を詰め、ティリーフに包んでオーブン焼きにしたパピヨット風ブランジーノ(ヨーロッパ産バス/スズキ目)はとろりと柔らかな食感で、ただただお見事の一言。塩加減もほど良く、添えられたナンプラー風味のバルサミコ酢漬けトマトとオニオンの薬味がほとんど必要ないくらいだった。
美しい焼き色のホタテのバジルオイルソテーは、ツヤツヤとしたキャラメリゼが絶妙。トマト、コーン、ハラペーニョ、タマネギをちょうどいい塩梅のクミンといっしょに合わせたコンカッセとペストソースが風味を一層引き立てていた。スネークリバーファーム産アンガス牛ポーターハウスのグリルステーキは、味付け・焼き加減ともに完璧。ワケギのアジアンペストソースとスイートチリソースを加えた豆板醤を思わせる和風バーベキューソースの2つでいただく。僕は前者が気に入った。
久保シェフの料理は、実に繊細で洗練されている。ここ数ヶ月の間に僕がハワイで出逢った料理の中で、これほど素晴らしくまとまったものはほとんどなかった。何十年もの間ハワイのフードシーンに蔓延していたタイスイートチリソースや蒲焼きのタレ、シラチャーアイオリ、グアバ海鮮醤などのありきたりにはそろそろサヨナラし、しっかりとした基盤のもとクリエイティブに進化した料理が、ハワイのフードシーンにあらたな息吹を吹き込んでくれていることを歓迎する。どうやら時代遅れのビール缶帽子や真っ赤なムウムウを捨てるべき時期が来たようだ。
◎ マーケティング会社社長。ハワイ随一のグルメ通として知られている食いしん坊。
ソーシャルメディアも発信中
Twitter: @incurablepicure
Instagram: @incurablepicure
(2019年7月1日掲載)
※このページは「ライトハウス・ハワイ 2019年7月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。