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在留邦人の保護や通商促進をはじめ領事業務や広報文化活動などを行う在ホノルル日本国総領事館。昨年11月に着任し、職務に加え、行事などを通した気付きや思いをSNSで積極的に発信する長徳英晶総領事に伺った。

 

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 私は高校時代から理科系の学問に興味があり、大学では「理系の中の理系」ともいわれる工学部・電気電子工学科を専攻しました。同級生の多くの就職先は電気関連企業でしたが、私は非常に珍しく国家公務員の道を選び、気象庁へ入庁しました。気象衛星や気象レーダーといった観測技術は、電気電子の知識を基盤にしています。大学時代にその分野の研究に関心を持ったことが、気象庁を志した理由でした。しかし、同じ進路をたどった学生は他にいなかったように思います。

 初任地は函館。海洋観測船に乗って観測業務を担当し、年間約120日を太平洋や日本海の船上で過ごしました。低気圧が来れば数日間は荒波に揺られ、船酔いと闘う日々。社会人としての第一歩はまさに波にもまれる日々でしたが、大切な経験となっています。

 2年後、東京の気象庁へ異動しました。この後に人生の大きな転機が訪れます。

気象庁から外務省へ

転機が導いた水の合う仕事

 東京への転勤から1年半ほど経った頃、「外務省へ出向してほしい」という話をいただいたのです。翌年1997年に控えた京都議定書の採択に向け、日本政府がリーダーシップを発揮しており、気候変動に関する国際交渉が主な任務になるということでした。

 私は研究職を志す理科系出身者であり、まったく異なる分野の仕事をこなす自信など到底ありませんでした。不安を率直に上司に伝えましたが、それでも要請を受けることに。大きな不安を抱えながらの出向は、結果的にその後の人生を変えることになりました。

 外務省では全てが新しい経験で、毎日が勉強でした。いつか慣れるだろうと思っていても、国際交渉の世界は終わりがありません。一つの交渉が終われば、次の課題が待っています。そんな日々の中で気付いたのが、交渉を終えたときに感じる大きな達成感でした。徐々に「この仕事をもっと続けてみたい」と思うようになりました。

 そして1999年、正式に外務省へ転籍しました。

 あれから27年。国際協力、国連関連業務、文化協力、領事関係業務など、多岐にわたる分野に関わりました。外交の仕事は常に変化に富んでいます。どれだけ努力しても外的要因などによって断念せざるを得ないこともあり、必ずしも成果が形になるとは限りません。自分に外交の高い能力があるとは決して思いませんが、この仕事は水に合っていると感じます。思わぬ出向により外交の仕事に出会い、数々の貴重な職務経験を重ねたことに感謝しています。

ハワイが携える外交の大切な財産を守り、発展へ

 外交官は2〜3年ごとにポストが変わり、そのたびに一から勉強することになります。年齢とともに責任も増し、求められるレベルは高くなっていきます。そんな中、昨年11月、ホノルルに館長として着任し、今は目の前にある一層高い壁をどう乗り越えていくかを考えている最中です。

 すでに実感しているのは、ハワイは歴史的背景からも日系人をはじめ多くの方々が日本を愛してくださっていること。彼らの存在は日本の外交にとって財産です。その財産を守り、発展させていくことが私の使命だと感じています。

2025年12月8日、日米共催による真珠湾攻撃戦没者追悼式典にて


ちょうとく・ひであき◎富山県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。政策研究大学院大学開発経済学修士課程修了。1993年気象庁入庁。96年外務省へ出向、99年外務省入省。ユネスコ日本政府代表部、在オランダ日本国大使館、外務省国際協力局、外務省領事局、在インドネシア日本国大使館などを経て、2025年11月現職へ。

※このページは「ライトハウス・ハワイ」 2026年1月号掲載の記事です。

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