ネイティブハワイアンの叡智と、多国籍の人々が暮らすマルチカルチャーが息づく、ハワイ。
“ダイバーシティー(多様性)”はこの楽園の魅力を語る言葉のひとつ。
このキーワードをエッセンスに、今、沸いているハワイのファッション界。
伝統を再解釈し、革新的なデザインを生むマーカス・ハナレイ・マーザン、変わらない哲学のもと、挑戦を楽しむファッションブランド、トリ・リチャード、コミュニティーとともに手の温もりを紡いできたヌイモノ。
それぞれのアイデンティーを軸に、しなやかに、ゆるぎない個性を発信中だ。
(Text: Yumiko Tsuchiya / Photos: Koji Hirano / Model: Anne Lipscomb / Hair & Makeup: Arthur Wilson III)
伝統的なクラフトのみが放つ本物の存在感ながら、今どきのお洒落感。自身の作品の編み細工製のフォルダーに収まった、流行りのウォーターボトルを携えて、柔らかい笑顔とともに、彼は現れた。
マーカス・ハナレイ・マーザン。ネイティブアートや文化を継承する優れた芸術家を支援する米国の「ネイティブ・アーツ&カルチャー財団」の2018年ナショナルフェローに選ばれ、さらに活動の幅を広げている注目のファイバーアーティストだ。「ファイバーアート」とは、耳慣れない言葉だが、それは繊維状の素材を結び、編み、紡ぎながら仕上げる編み細工のこと。マーカスは、漁師だった祖父から漁のためのロープワークを教えてもらった父から、時折、手ほどきを受け、曽祖母がラウハラ編みの名手だったこともあり、ラウハラの編み細工が暮らしのなかにあった。
そんな環境で育ったマーカスは、自然と編み細工に興味を持つようになるが、本格的にラウハラ編みを学ぶ機会を得たのは、16歳の時のこと。ビショップ・ミュージアムのサマープログラムで、初めて触れるラウハラの感触。それがとても手に心地良く、最初に作ったブレスレットから編み細工の魅力に惹きつけられていく。一気に創作意欲が開花した彼は、8週間分のプログラムをその半分の4週間ですべて終えてしまい、講師を驚かせた。
そして、現在。作ってみたい細工のパターンを見ただけで、編み方がすっと浮かんでくるという。精密な完成予想図があるわけではなく、編み始めるとアイデアが自然と湧き始める。自分の内側からあふれ出るままに手を動かしていると、いつの間にかリラックスし、「メディテーションをしている気分」と、彼は楽しそうに話す。
ハワイ大学マノア校に進学し、生物学を専攻したが、美術の最初の授業に出てみて、「学びたかったのは、やっぱりアート!」と、専攻を変更。大学時代は世界中、なかでも環太平洋の編み細工を学び、造詣を深めていった。
もともと編み細工は、何かを運ぶためのロープだったり、器を保護するためのネットだったりと、実用のためのものだったが、マーカスは、そんなハワイの伝統文化を現代的に解釈し、ファッションに昇華して、新しいスタンダードを作り出している。
彼の作品のなかで、カパ(樹皮布)を幾重にも重ねた、どこか着物を思わせるドレスの写真を一緒に見ていた時のこと。「実は…僕のおばあちゃんは、日本人なんです」と彼が微笑んだ。名古屋出身の祖母の家系は、絹織物の機屋で、大名、加藤清正に絹織物を献上したと、家族の間で伝わっているそうだ。
紐を結び、編み込んでいくのは、何かをつなぎ合わせていくこと。マーカスのウェアラブル・アートには、彼のルーツであるハワイ、もう一つのルーツである日本の絞り染めなどの伝統文化が結びつき、ほかならぬ個性を生み出している。
ココナッツやハウ(ハイビスカス)、コットンなど、自然素材のみを使った、「着られる芸術(ウェアラブル・アート)」。それらの作品のなかには、乾燥させた豚の腸を編み込みドレスに仕立てたものや、鳥の羽を使ったドラマチックなネックレスもある。使われているのは、地球に還ることができる環境にやさしい素材ばかりだ。現在、ファッション業界のキープレーヤーたちの間でもグローバル規模で、「サステナビリティ(持続可能性)」が重要課題になっているが、彼はその潮流にもさらりと乗っている。
「一人一人は、とても貴重な存在です。特にあなたのファミリーにとって、あなたはかけがえのないもの。衣服はそんな大切な一人の人間を守るものでもあります」。
衣服は着る人のマナを宿し、着る人を守るものという、古来ハワイの教えをも込めた彼の作品は、そのどれもが凛としていて、心に響いてくる。
今年も彼のウェアラブル・アートを堪能できる機会がやってくる。それは今年で13回目となる「MAMo ウェアラブル・アート・ショー」で、11月のショーに向けて、「チーム・オブ・ウォーター」という名のチームを作り、今、仲間たちとともに、水をテーマにした作品をそれぞれ制作準備中だ。
古き伝統文化に、自分のルーツをつなげ、新しい価値をファッションで創造する、マーカスの革新への挑戦。それはすがすがしくて、喜びに満ちている。
マーカスの制作するハンドメイドアートやアクセサリーはホノルルの3店舗で購入可能。
• Nā Mea Hawai’i – Ward Center
• Pili Pacific – Ward Center
• Kealopiko – South Shore Market
◎MAMo Wearable Art Show
ネイティブハワイアンの伝統や文化、アートを保存し、次世代へ継ぐことを推進する非営利団体パイ・ファウンデーションとビショップ・ミュージアムによる文化芸術活動「MAMo (マオリ・アーツ・ムーブメント)」。そのハイライトの一つが、今年で13回目となる「MAMoウェアラブル・アート・ショー」。当日はトランク・ショーのほか、マーケットプレース、サイレントオークションも開催される。
開催日:2019年11月16日(土曜)
場所:ヒルトンハワイアンビレッジ タパボールルーム
チケット:$50~(マーケットは入場無料)
問い合わせ:www.paifoundation.org
時代のニュアンスをたたえながらも、どこかオーセンティック。ハワイのリゾート・ファッション・ブランド「トリ・リチャード」が生み出すアパレルは、ひと目で分かるほど“らしさ”を放ち、ハワイの域を超え世界の人々をファンに持つ。
ブランドが誕生したのは1956年。シカゴのアパレル業で成功を収めたモート・フェルドマン、ジャニス・ムーディー、パタンナーのミツエ・アカの3名で始まった「トリ・リチャード」は、洗練された女性用リゾートウェアのブランドとしてたちまち注目され、ニューヨークの1流店をはじめ、モードを彩ってきた。
デザインやプリント、裁断、縫製まで、できる限り自社で行い、今やアロハシャツの作り手としても人気だが、創業から60年以上の間、ゆるぎない個性を支えているのが「テキスタイル・デザイン」だ。
9名の“アーティスト”が在籍し、時折ゲストアーティストを招き、プリントの土台となるデッサンをまっさらな紙に描くこと。「トリ・リチャード」のテキスタイル・デザインが世に生み出される瞬間だ。モチーフとなる花や葉、生物はあるがままの向きで描き、自然への敬意とともに唯一無二のプリントは完成する。「私たちにとって過去のプリントは、ビンテージ(年代もの)ではなく、ヘリテージ(継承すべきもの)です」と、ブランドを継ぐモートの息子、ジョシュ・フェルドマンは話す。本社に保管されているプリントのアーカイブは、実に3万点以上。それらは今見ても新鮮で、折に触れてスタッフたちのインスピレーションを誘う。実際に往年のプリントを復刻し、モチーフのスケールや色、スタイルを変えて、今の時代に合ったまったく新しいアイデンティティーを吹き込んでいる。2019年秋の最新コレクションでは、初めての試みとして、すべてビンテージの復刻版となるレディース・ファッションを発表。こちらも楽しみだ。
「トリ・リチャード」は、ハワイが誇るファッション・ブランドだが、意外なことに、プリントの染めは日本で行われている。1950年代、日本に暮らしたことがあるジョシュの父モートは、日本の染色技術の高さに魅せられた。創業から現在まで、そのこだわりは変わっていない。
「私たちのブランド・アイデンティティーのなかで、一般的なイメージのハワイらしさは、側面に過ぎません」。
むしろ、さまざまな国の移民が暮らすマルチカルチャーがもたらす魅力を、いかにブレンドしていくのか。「テキスタイル・デザインのトリ・リチャード」としての哲学はぶれることなく、けれど、柔軟に、多様に。ハワイのファッションの可能性を伝える担い手でありたいと誠実に話すジョシュの目の中には、次の60年に向けてのワクワクするシナリオが描かれているのだろう。
◎トリ・リチャード / Tori Richard
2335 Kalakaua Ave., Honolulu
Outrigger Waikiki on the Beach
☎ 808-924-1811
▶営業時間:9:00am〜11:00pm
▶定休日:月曜
▶ Webサイト:www.toririchard.com
日系移民が拓いた町、モイリイリの目抜き通りにある、小さな店「ヌイモノ」。
“Nui Mono(ヌイモノ=縫い物)”という、温かい響きのこの店は、1977年にオープン。現在、母親から受け継ぎ、切り盛りするルー・ジメルマン自身のブランド「ウォーターリリー」をはじめ、5名の地元デザイナーによる、ハンドメイドの温もりと自然の素材を大切にした洋服や小物が並ぶ。手作りを愛する作り手による品々は、手にとってみると、どれもがじんわり温もりが伝わってきて、その出合いがお得意さんを虜にしている。
「最初、ここはテレビのリペアショップだったの」。ルーの父が営むその店の片隅で、縫い物の先生だった母が作った服などを趣味程度に販売していたが、好評で徐々に徐々にスペースが広がり、「いつの間にか母の店になっていたわ」とルーは笑う。マウイ島で生まれた日系2世の母親は、刺し子などの日本の縫い物を思わせる手法が得意だった。アロハシャツを世に生み出したと伝わる、生地屋の「ムサシヤ・ショーテン」に母親と通い、生地を選んでは、着てみたい洋服を作ってもらった遠い記憶は、彼女にとってかけがえのない思い出だ。
40年以上も店が続く秘訣を聞くと、長い間、信頼関係を築いてきたクリエイターたちが店の個性を作ってきてくれたから、と謙虚な答えが返ってきた。「お買い物をしなくてもいいんです。ふらっと訪れたくなる場所であり続けたいんです」。
“ヌイモノ”の魅力を通じて、コミュニティーを繋ぐ、町の中の温かなよりどころ。古き良き日本の商店の温もりが、異国ハワイで息づいている。
◎ヌイモノ / NuiMono
2745 S. King St., Honolulu
☎ 808-946-7407
▶営業時間:10:00am ~ 5:00pm
▶定休日:日・月曜
▶ Webサイト:www.facebook.com/NUIMONO.HAWAII/
(’Eheu Fall 2019号掲載)
※このページは「‘Eheu Fall 2019」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。