僕は、英語は横柄さに基づいた言語だと思う。日本人は自分たちの国のことを“ニホンあるいはニッポン”と呼ぶが、英語では、その昔マルコポーロが“ジパング”と称したことから“ジャパン”となっている。また、中国人たちは祖国を“チョンクオ”と呼ぶが、英語では“チャイナ”だ。これはまるで、例えば僕が紹介された“ミツコ”という女性を、名前がうまく発音できないばかりに“メアリー”と呼ぶようなものだ。そんなことを言い出したらキリがないのだが、oughを含む単語も難儀だ。cough、rough、though、through、thought。どうしてみんなこんなにも発音がバラバラなのだろう。フランス語も厄介な言葉だ。語尾の子音が発音されずただそこにあるだけという単語が山ほどある。“parlez”の“z”、“vous”や“francais”の“s”は一体なんのため?
幸いにも、4ヶ月ほど前にワイキキに開店したレストランバー「パリ・ハワイ」のシェフ、山中祐哉氏は日本語・フランス語の両方が達者だ。英語もできる。そして彼の料理は、あらゆる嗜好の域を超えてアピールする。ハワイらしいトロピカルなフレーバーと伝統的なフレンチ技法の融合と彼は言うが、 僕はそれ以上のものだと思う。地産の食材を使用することは、ハワイでは今やそれほど特別なことではなくなっているが、彼のグローバルなアプローチは、州内の他のフレンチレストランと比べて、創作性に秀でている。
店内に足を踏み入れ、バーエリアに立った僕は、フレンチというよりはむしろスペインのタパスレストランか日本の居酒屋に来たような気がした。ダイニングルームに進むとオープンキッチンカウンター席が右手にあり、さらに奥にはプライベートルームがいくつか用意されている。アーシーなトーンでまとめられたどっしりとした空間だ。ウッド製のカウンターとテーブルトップ、楕円形の背もたれがおしゃれなメッシュチェア、光沢のある黒のサーフボードやウォールアクセントなど、隅々までが料理とシンクロさせたヨーロッパ、アジア、ハワイをほのめかすインテリアだ。
山中シェフは、大阪の著名な料理学校 辻学園調理・製菓専門学校からスタートし、直近のトレンディーなパリ11区にあるクラウン・バーに至るまでの豊かな経歴を持っている。クラウン・バーでは、オーナーシェフの渥美創太氏の下さらに研鑽を積み、知的でしかも遊び心あふれる、創作性に富んだ料理へとその境界を伸ばした。その彼が新店舗のために監修したテイスティングメニューは、グローバルなステージで培ってきた独特の技と感性を花咲かせたコースディナーだ。
それは出だしから、そんな手があったのか!と感心させられる型破りさだ。例えば、カフクコーン、牛乳、塩、トウモロコシの皮をエスプレッソとともに煮込んだ泡立ちスープ“ハワイアンエスプレッソ”や、黒ニンニクを使ったカウアイ海老のスーヴィーガーリックシュリンプ ローカル卵のアイオリ添えのような、普通フレンチビストロから想像する枠を超えた、ヨーロッパ圏やアジアの影響が感じられる斬新な料理で攻撃が掛けられてくる。
オリーブオイル、レモン、醤油で味付けたマグロのポケにスモーキーな味わいのビーフタルタルを合わせたパリ・アヒポケ、蒸したオパのブールブランソース カブの葉ピューレ添え、チーズシューといっしょに楽しむほんのり甘いマウイオニオンスープ、オアフ島ルドヴィコファーム産チキンのピティヴィエ 沖縄紅芋のエスプーマなどは、フレンチインフルエンスが明らかだ。
メニュー内容は、開店当初からいくらか進化した。脂の乗った官能的なコナカンパチ カブのスライスとクレソン添え、ワシントン州産オイスターとワイアルアアスパラガス エスプーマ、そしてビッグアイランド産ビーフメダリオンステーキのトリュフペリグーソースが加わり、チキンはピティヴィエがタロイモの葉で包んだ鶏肉のラウラウに入れ替わった。また、ハワイ産ロブスター、アワビ、ラムのオプションも登場した。
山中シェフは物腰の柔らかい人だが、地産の食材と冴えた感性と遊び心が交差する彼のメニューは、実に雄弁だ。彼が手がける料理には、言葉の壁はまったくない。それどころか、もしかしたら美食のエスペラント語と呼んでもいいかもしれない。だから、難しい外国語の言葉を無理して発音しようと四苦八苦するのはやめて、もつれかけた舌をパリ・ハワイの美食で喜ばせてあげてはどうだろう。
◎ マーケティング会社社長。ハワイ随一のグルメ通として知られている食いしん坊。
ソーシャルメディアも発信中
Twitter: @incurablepicure
Instagram: @incurablepicure
(2019年2月16日掲載)
※このページは「ライトハウス・ハワイ 2019年2月16日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。