クアロア・ランチ(クアロア牧場)

クアロア・ランチ(クアロア牧場)

ウインドワードにあるオアフ島最大の牧場とアクティビティーセンター「クアロア・ランチ」を、自然保護とビジネス経営のバランスを保ちながら経営するジョン・モーガン社長に話を伺った。
 

ビジネスの成功の秘訣は、土地と自然を守ること

ホテルが立ち並び、観光客で賑わうワイキキから車で約45分。都会の喧騒を離れたオアフ島東海岸のウインドワード地方に、4000エーカーの土地を有する広大な牧場とアクティビティーセンター「クアロア・ランチ」は位置する。

目前に青い海とチャイナマンズ・ハット、そして背後に美しく雄大な緑の渓谷が迫るここでは、何千年も前からほとんど変わっていないであろう、ハワイの原風景を見ることができる。その自然美を堪能するため、クアロア・ランチには毎日世界中から大勢の観光客が訪れ、さまざまなアクティビティーを楽しんでいる。

オアフ島でポリネシア人がハワイ移住後最も早く住み着き、コミュニティーを築いたと言われる土地が、カネオヘ湾を見渡すこのクアロア一帯だったという。この地は王族の居住地や癒しの地、そしてハワイ王族の子弟が戦闘方法や文化を習得する神聖な地であった。

クアロア・ランチのジョン・モーガン社長はこう語る。

「お客さまからは、『毎日のストレスから逃れて、心が癒された』というコメントをよくいただきます。この地はその昔、ハワイアンにとっても『プウホヌア(聖域)』であった心癒される神聖な土地。日々の忙しさを忘れて思い切り遊び、癒されていただきたいですね」

413d6858acd14173fbf3fd35f050a2a455dacdef-000モーガン社長の先祖で、19世紀初頭に米国東部からハワイに来訪し、時の王カメハメハ3世の厚い信頼を得た医師ゲリット・P・ジャド氏は、1850年に王が所有していたクアロアの渓谷から海まで続く土地を1300ドルで譲り受けた。その後、ジャド氏の息子のチャールズ・ジャド氏が隣接する土地も購入。ジャド家の所有する土地は4000エーカーにも及んだ。

折しも、サトウキビプランテーション全盛の時代で、クアロアでもサトウキビ栽培事業を開始したが、あいにく事故や干ばつに見舞われて事業に失敗。その後、広い土地を利用して牧場経営が開始された。

牧場は長く繁盛したものの、日本軍の真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発。カネオヘ湾への日本軍上陸を防ぐため、牧場は連邦政府に差し押さえられ、軍事基地として使用された。戦後ようやく土地が返還された頃には、以前の面影はなく、全てを一から始めなければならなかった。

「経済的に苦しいこともあったようですが、私の先祖たちは、この土地と歴史を守ることへの責任を放棄しませんでした。王から直々に土地を譲り受けたことへの誇りと、自然保護、そして牧場経営への情熱があったからです」

モーガン社長は語る。「土地の一部を切り売りしたり、全てを手放したりしたら、すぐに開発の道を進んでいたでしょう」

ビジネス繁栄の秘密は意外な部分にあった

モーガン社長は、先祖代々守られてきたこの土地で生まれ、ハワイの原風景が今残る大自然の中でのびのびと育った。

「両親は、私に牧場を継ぐことや自然の保護をすることを強制しませんでした。先祖から受け継いだ一族の歴史と、ハワイの文化や伝統を大切に思う気持ちは、自然に心と体で学びました」

413d6858acd14173fbf3fd35f050a2a455dacdef-001広大な土地で牧場経営を営んでいた父を、14歳の頃から、夏休みに従業員たちとともに手伝っていたという彼にとって、乗馬はお手のもの。その堂々とした体躯からは、カウボーイの雰囲気がにじみ出る。

その後、親に一度はハワイを離れることを促され、高校卒業後本土のオレゴン州立大学に進学。しかし「ハワイに戻って牧場経営に携わりたい」と決意し、両親に実家に帰る許可を受けてハワイ大学マノア校経済学部に編入した。

ハワイ大学卒業後、牧場で働き始めたモーガン氏は、81年より経営陣に参加。その後、理事会により父親の後継者としてクアロア・ランチの社長に任命された。牧場では当時、広い土地のほとんどで牛の放牧を行っていたが、利幅は小さく、経済的な観点から見るとけっして楽とは言えなかった。ハワイの自然と先祖代々の土地を守りつつ牧場経営を続けていくためには、新しい経営方針が必要とされていた。環境を破壊せずに土地を利用し、利益を得る必要に迫られたモーガン社長は、牧場の広大な敷地内で、観光客にさまざまなアクティビティーを提供することを決定した。

「観光業を前面に押し出す経営形態の原型でしたが、現在と違って当時はほとんど方向性というものがなく、利益の改善につながるまで、試行錯誤の連続でした」と彼は当時を振り返る。

自然保護とビジネス利益向上のバランスに悩み続けてきたモーガン社長だったが、経営改善のヒントは意外なところに隠されていた。

413d6858acd14173fbf3fd35f050a2a455dacdef-002「経営的にかなり苦しかった頃もありました。しかし03年、ハワイの美しい自然を前面に押し出し、環境に悪影響を与えない形でお客さまにアクティビティーを提供する経営方針を決定してからは、どんどん利益が向上しました」と彼は語る。

手つかずの自然が残る敷地内では、ハリウッド映画やテレビ番組の撮影やコンサート、スポーツイベントも行われ、大きな収入源となっている。

「自然をそのまま残すことが、われわれにとっての成功の鍵です。今、クアロア・ランチの主な収入源は観光業ですが、95%の土地は今も牧場として使用しています。土地に影響が少ないビジネスモデルを作ったのです」と彼は話す。

クアロア・ランチが誇る「クアロア・ビーフ」は、100%草食。広々とした渓谷でのびのびと飼育される牛たちのヘルシーさと高い品質が売りものだ。
 

歴史と自然を担う将来の世代に期待

現在クアロア・ランチでは約250人の従業員を雇用。ここで働く人々の顔は笑顔に満ち、生き生きと幸せそうに輝く。牧場で働き始めて2年という地元住民のセーラさんは、「この牧場で働けることを誇りに思っています。社長は気さくで謙虚な方」と話す。

「私のポリシーは、誰に対しても尊敬と感謝の心を持って接すること。お客さまには何度も訪れていただきたいですし、従業員には仕事に誇りを持ち、長く楽しんで働いてほしい。経営者のそんな姿勢が、ビジネスの改善につながると信じています」
とモーガン社長は言う。

そんなクアロア牧場経営の将来を、彼はどう考えるのか。

「現実的に言って、私が社長の座に留まるのはあと10年程度です。その後は、ふさわしい後継者が社長の座に就いてほしい」と彼は話す。

モーガン夫妻の20~30代の子どもたち3人はハワイを離れ、ニューヨーク、シカゴ、ニュージーランドでそれぞれ働く。
誰が一族の歴史と土地を守るか、心配ではないかと尋ねると、「3人とも将来はハワイに帰りたがっているので、その心配はないでしょう。もし帰って来なくても子どもたちの人生ですから。世襲制でなくても、ふさわしい後継者がいればいいのです」とモーガン氏は言う。

しかし、今はリテールやセールスの仕事に就いている子どもたちが、「将来、3人で力を合わせてビジネスを経営してくれるなら、それが理想ですね」。

モーガン社長が、クアロア・ランチの未来を担う子孫たちに望むことはなんだろうか。「父が私の意志を尊重してくれたように、私も、ビジネスや土地管理に関する自分の信条を子どもたちに押し付けることはしないつもりです」と彼は語る。

「王に託されたハワイの土地と自然を守るという私たち一族の『使命』を、子どもたちも、自然に体得してくれていることでしょう」

ジョン・モーガン / John Morgan

◎オアフ島クアロアで、王からクアロア一帯を譲り受けたジャド家の子孫として生まれ育つ。14歳から父親の手伝いを始め、ハワイ大学経済学部を卒業後、クアロア・ランチの経営に参加。92年には社長に就任し、経営形態を観光業中心に変えて同社の利益を大幅に改善した。現在も社長として毎日の激務をこなしつつ、地域の自然保護にも尽力する。

◎ クアロア・ランチ(クアロア牧場) / Kualoa Ranch
オアフ島ウインドワード地方のクアロアにある4,000エーカーの広大な牧場と隣接するカネオヘ湾のビーチで、乗馬や敷地内のバス&ATVツアー、カヤックなど、さまざまなアクティビティーが楽しめる。
9-560 Kamehameha Hwy., Kaone`ohe
☎ 808-757-9180
▶ Webサイト:http:// www.kualoa.com

 
(‘Eheu Summer 2015号掲載)
(Text: Yoshiko Karson / Photos: Pakkai Yim)

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